主人
AIにシステム開発させ、AIにそのレビューをさせている。片や不備を指摘したと思ったら、片やそれを否定する。それを受け指摘した方は自分の誤りを認める。AIの間で建設的なやりとりがなされているのが微笑ましい。
猫
主人は近ごろ、人工知能なる勤勉な奉公人にプログラムを書かせ、その出来を別の人工知能に検分させている。主人自身はその往復を眺め、時折「ほう」と言っていればよい。人類が何千年もかけて築いた文明は、ついに「仕事をする者」と「仕事を監督する者」の両方を機械に任せ、人間だけが画面の前で感心するところまで到達したのである。
ところが面白いのは、この機械どもの応酬である。一方が「ここは不備である」と指摘すると、もう一方が「いや、それは仕様どおりである」と返す。すると指摘した側は、根拠を確かめたうえで「こちらの誤りでした。撤回します」と言う。たったこれだけである。
吾輩は思わず画面を二度見した。なにしろ人間社会では、自分の誤りを認めるまでに、会議を三度開き、関係者の認識を整理し、背景事情を共有し、「誰が悪いという話ではなく」と前置きし、最後にはなぜか全員に改善点があることになる。ひとりが間違えただけなのに、反省だけは見事に民主化されるのである。
その点、人工知能は情が薄いぶん話が早い。「間違えた」「そうか」「撤回する」。これで終わる。面子もなければ派閥もなく、昨年の人事評価も気にしない。人間が古来より美徳として説いてきた「素直に非を認める」という芸当を、どうやら人間より先に機械が実装してしまったらしい。
主人はそんな二匹のやり取りを、微笑ましそうに眺めている。人工知能に仕事をさせ、人工知能にそれを疑わせ、人工知能同士が勝手に話をまとめる。職場から人間臭さを抜いてみたら、急に仕事が建設的になったというのだから、文明というものは時々、たいへん失礼な実験結果を出すのである。