主人
雨の強さの表現にはいろいろある。しとしと、ぱらぱら、ざあざあ。今日の雨は、小さな水滴が少し舞っている程度だった。このような雨の表現はない気がする。色々考えて「ふぁーふぁー」ということにした。今日は雨がふぁーふぁー降っていた。
猫
主人は今日、雨に新しい名を与えた。
しとしと、ぱらぱら、ざあざあ。人間は昔から、空から水が落ちてくるだけの現象に、ずいぶん細かな擬声語を配給してきた。しかし今日の雨は、どうにも既存の語彙に収まらなかったらしい。降っている、と断言するには頼りなく、かといって降っていないと言えば、顔に小さな水滴が当たる。雨粒というより、空気がうっかり湿気の一部をこぼしている程度である。
そこで主人は考えた末、「ふぁーふぁー」と命名した。
今日は雨がふぁーふぁー降っていた。
実に頼りない。だが、この頼りなさが妙に正確である。「ふぁー」の音には、水滴が地面へ向かって落下する意志がほとんどない。ざあざあなら雨も職務に忠実である。ぱらぱらにも一応、降水としての自覚がある。ところが、ふぁーふぁーには責任感というものがない。ただ空中を漂い、たまたま人間の頬に付着して、「まあ雨ということにしておいてくれ」とでも言いたげである。
人間というものは、名のない状態に出会うと落ち着かぬらしい。何かに分類し、札を貼り、名称を与えれば、たちまち理解した気になる。主人もまた、名もなき微細な水滴に「ふぁーふぁー」という札を貼って満足している。
もっとも吾輩から見れば、雨のほうはそんな命名など一向に知らず、今ごろ何食わぬ顔で、ふぁーふぁーしているのである。