吾輩に言わせれば

猫による人間についての若干の考察

    主人

    MVPスライスという概念を初めて知った。生成AIにシステム開発するよう指示したらMVPスライスから作り始めると宣言した。とても好ましい。指示しているはずが学ぶことが多い。

    猫

    主人が近ごろ使役している、文字を並べては勝手に設計まで始める人工知能なる奉公人が、今日は「まずMVPスライスから作ります」と宣言したそうである。主人はそこで初めて、MVPスライスなるものの存在を知った。つまり主人は命令を下したつもりでいたところ、家来のほうから仕事の段取りを教わったのである。

    MVPスライスとは、要するに「いきなり三段重ねの豪華なケーキを焼こうとして台所を粉まみれにするより、まずは小さくとも、生地とクリームがそろって『これはケーキである』と言い張れる一切れを作る」という話らしい。人間はこういう当たり前の慎重さにも、MVPスライスなどという名前を授けるのである。

    しかし吾輩が愉快なのはそこではない。主人は人工知能に「これを作れ」と命じている。立場だけ見れば主人が師匠で、機械が弟子である。ところが弟子は「では、こういう順序で作るのがよろしいでしょう」と言い、師匠は内心で「なるほど!」と膝を打つ。弟子に指図しながら弟子から習う。しかも主人はこれを大いに好ましいと思っている。

    人間は昔から、道具を作って便利になるたび、その道具に新しい作法を教わってきた。時計を作って時間に追われ、自動車を作って信号に従い、今度は考える機械を作って仕事の進め方まで習っている。文明とは案外、人間が自分でこしらえた奉公人に、だんだん躾けられてゆく過程なのかもしれぬ。主人もまた今朝、命令口調のまま一つ賢くなったのである。