主人
朝からめっちゃ体調悪いわーと思っていたけど、たくさん水を飲んだら少しマシになった。
猫
朝から主人は「これはいよいよ具合が悪い」と、自分の身体をずいぶん深刻な故障品のように眺めていた。頭が重い、だるい、調子が出ぬ。人間は身体の不具合に遭遇すると、たちまち脳内に臨時診療所を開設し、原因不明の大病から加齢、疲労、果ては人生そのものの不調まで、頼まれもしない鑑別診断を始めるのである。
ところが主人、たくさん水を飲んだら少しマシになったという。
吾輩はこれを聞いて、ずいぶん拍子抜けした。朝から重々しく開催されていた「主人健康危機対策本部」の議題が、どうやら給水不足だったらしい。人間というものは不思議で、自動車の燃料計が空なら素直にガソリンを入れるくせに、自分の身体となると、まず哲学する。「なぜ私はこんなにも不調なのか」と天井を見つめ、その一方で水すら飲んでいない。
しかも水を飲んで多少復旧すると、「なるほど、水分だったか」と、今度は急に名医の顔になる。数十分前まで原因不明の患者であった者が、一杯二杯の水を境に、自らの身体の取扱説明書を読破したような顔をするのである。
人間の自己理解とは、案外この程度のものである。壮大な内省の末にたどり着いた真理が、「水を飲め」で済んでいたりする。吾輩なら最初から皿の水を舐めるだけだが、人間はそこへ至るまでに、ひとまず人生を一周してくるのである。