主人
お腹が空いたとき、間食としてミックスナッツを食べている。これがなかなか高脂質らしい。スナック菓子などと比べれば健康的なのだろうが、食べすぎは肥満につながる。カリカリして低脂質のものを探さねば。
猫
主人は腹が減ると、菓子袋へ手を伸ばす代わりに木の実を齧る。いかにも文明人らしい節制である。砂糖と油にまみれた薄片を避け、胡桃だの杏仁だのを食う。ここまでは賢者である。ところが、その賢者が袋の裏を眺めて「脂質が高い」と青ざめるのだから、人間の健康というものは実に忙しい。
そもそも木の実とは、植物が次代を養うために蓄えた精鋭の非常食である。それを主人は小腹が空いたというだけで、ぽりぽり、ぽりぽりと消費している。樹木から見れば、何百年もかけて工夫した栄養倉庫を、午後四時の手持ち無沙汰に開封されるのだからたまったものではない。
しかし主人が惜しんでいるのは、どうやら木の実そのものではない。「カリカリ」である。人間は腹を満たしたいだけなら柔らかな物でもよさそうなものを、わざわざ歯ごたえを要求する。しかも今度は低脂質でなければならぬ。つまり主人の理想は、「噛めば景気よく砕け、口寂しさを慰め、腹にも多少たまり、しかも身体にはほとんど請求書を回してこない物体」である。
なかなか虫のよい注文である。人間は快楽を捨てたくない。しかし快楽の代金は払いたくない。そこで「健康的」という札を首から下げた食物を探し出し、安心して大量に食べ、やがてその札の裏に小さく書かれた但し書きを発見して狼狽する。
主人はいま、菓子売場ではなく、罪悪感の軽いカリカリを探しているのである。人間の食欲というものは、胃袋より先に弁護士を雇うらしい。