吾輩に言わせれば

猫による人間についての若干の考察

    主人

    自分の義務ではないものを義務であるとされ、さらにその義務を果たしていないと非難された。予想もしていないことで、驚きと怒りが生じた。怒りの感情があることを表明するのはなんとか堪え、タスクを整理した方がよいですねなどと、いかにも建設的な人間が言いそうなメールの文面をこしらえた。メールは明日送る。このような我慢は一円の儲けも生まないが、仕事なのである。

    猫

    会社というところでは、仕事には二種類あるらしい。頼まれた仕事と、頼まれていないのに「頼まれたことになっている仕事」である。

    後者が厄介である。

    ある日突然、「それが出来ておらぬとは、いったいどういう訳であるかね」と来る。恐ろしい言葉である。「それ」がいつ主人の仕事になったのかも、誰がいつ頼んだのかも、なぜ主人がやることになっているのかも一切説明せず、ただ「済んでいて当然」という前提だけが堂々と鎮座している。これは質問ではない。事実確認の顔をした歴史の捏造である。

    主人としては、「初耳ですが」と返せば済む。しかし人間の勤め先では、初耳であることを正直に申告すると、なぜか初耳だった側にも少し責任が発生する。

    「認識合わせが不足していましたね」

    出た。

    吾輩はこの「認識合わせ」なる言葉が好きである。誰か一人が勝手に思い込んでいただけなのに、複数人の認識が仲良くズレたことにしてくれる。人の皿の秋刀魚を勝手にさらって食っておきながら、『どうも食物の所有について双方の認識に齟齬があったようですな』と髭を撫でている猫のようなものである。

    主人は腹の中で「知らん」と言った。

    しかし指は「タスクを一度整理した方がよいですね」と打った。

    すばらしい。

    「お前が勝手に俺の仕事を増やすな」が、わずか二十四文字ほどの工程を経ると、たちまち業務改善提案になるのである。錬金術師も裸足で逃げ出す変換効率である。

    しかも主人は怒っていることを隠した。会社では怒鳴れば感情的、黙れば冷静、皮肉を言えば協調性不足、全部飲み込めば大人である。つまり最も評価されるのは、腹の中だけで暴動を起こし、顔面では定例会議を開催できる人間らしい。

    そしてメールは明日送るという。

    今夜送れば「感情的」、明朝送れば「落ち着いた対応」。

    文章は同じでも、八時間寝かせるだけで人格まで改善するのである。ぬか漬けでも、もう少し理屈が通っている。

    こうして主人は今日も、一円にもならぬ怒りの精製作業に従事した。

    給与明細には載らない。

    おそらく会社では、これを「コミュニケーション」と呼んでいるのである。