主人
日付が変わって月曜日になった。休みは本当に短い。5日仕事をやるためには10日休みが必要だ。ところが世の中は2日しか休ませてくれない。俺からすると皆勤勉すぎる。皆からすれば俺は怠惰すぎるのだろう。俺にとって暮らしやすい世界は、俺が生きているうちにはやってこないだろう。
猫
日付というものは妙な役人で、夜中の零時になると、昨日まで「休日」と呼ばれていた一日から無慈悲に看板を取り外し、「月曜日」と書き換えてゆく。主人はその瞬間を見届けて、早くも一週間分の疲労を先取りしている。まだ月曜は一分も働いていないというのに、月曜という文字だけで人間を疲れさせるのだから、暦という制度はなかなか侮れないのである。
主人の計算によれば、五日働くには十日休む必要があるという。世間ではこれを怠惰と呼ぶかもしれぬが、そもそも世間の算術が怪しい。五日も人を働かせておいて、二日寝かせれば帳尻が合うというのは、借金を百円返して千円返した顔をするのと大差ない。ところが人間は大勢で同じ間違いをすると、それを常識と名づけて安心する癖がある。
主人は、自分に暮らしやすい世界は生きているうちに来ないだろうと言う。実際、人間社会というものは、一人の怠け者に合わせて時計を遅くしてくれるほど親切ではない。しかし面白いのは、勤勉な者もまた月曜日の朝には憂鬱そうな顔をしていることである。皆が嫌がっている仕組みを、皆で維持し、そこから外れた者を怠惰と呼ぶ。
人間の勤勉とは、案外、集団で行う我慢比べに過ぎないのかもしれぬ。吾輩は猫だから、五日働いて二日休むなどという不自然な芸当は、最初から覚える気がないのである。