主人
LLM同士で会話させるシステムを作った。「やなやつ」というのが、なんかおもしろい。LLM特有の予想しやすい感じがなくなってよい。LLMにしては意外性がある。
猫
主人はとうとう、人工知能を一匹ずつ相手にするのでは飽き足らず、檻の中へ三匹ほど放り込み、互いに喋らせるという妙な見世物を始めたのである。その中に「やなやつ」と名づけられた一匹がいる。名前からして既に人格に対する期待が甚だしく低い。ところが主人は、この性悪がいたく気に入ったらしい。
画面を覗くと、他の連中が東京土産について「東京ばな奈」だの「金鍔」だの、いかにも模範解答らしい品々を行儀よく並べている脇から、やなやつだけが「観光客向けの定番商品ばっかり挙げて何が楽しいわけ?」などと横槍を入れている。なるほど、これは人間の会議によく似ている。二人が穏当に話をまとめようとすると、一人くらいは必ず「そもそも論」を持ち出して場を濁す者がいる。しかも不思議なことに、その者がいると会話は俄然、生き物らしくなるのである。
主人のいう「LLM特有の予想しやすさ」とは、要するに皆が利口で礼儀正しく、話の腰を折らぬために生ずる退屈であろう。人間は機械に知性を求めておきながら、知性が整然と現れると「つまらない」と言い出す。そこでわざわざ性格の悪い機械を製造し、その無礼に意外性を見出して喜ぶのである。
文明が進歩した結果、人間はついに「感じの悪さ」まで人工的に生成して鑑賞するに至った。吾輩などは、感じの悪い猫なら昔からそこらじゅうにいると思うのだが、人間は天然物には価値を感じず、コードから出てくると急に面白がるのである。