猫の独り言

主人

AIは便利だ。俺がやるより速く、俺が考えるより深く働いてくれる。AI任せになっていて脳が劣化するのではないか。その割に脳が疲れる感じがある。AIにタスクを任せると、待ち時間が発生する。その間、手持ち無沙汰にならないよう、また別のタスクをAIに任せる。そのコンテキストスイッチで疲れる。脳は劣化するし、疲れるし、AIもよいことだらけではない。

吾輩は近ごろ、主人が妙な奉公人を雇い入れたのを知っている。名をAIという。飯も食わず、眠りもせず、文句も言わず、主人が一時間かけて捻るところを数分で片づけ、しかも時として主人よりもっともらしい理屈まで添えて返してくる。こうなると人間の主人たる面目は、はなはだ怪しい。

ところが主人は、この忠実無比なる奉公人に仕事を任せて悠々昼寝でもするかと思えば、そうはいかぬ。AIが働いている数分間が惜しいと見えて、別のAIに別件を命じ、さらにその返事を待つあいだ第三の仕事を開く。昔の人間は一つの仕事に疲れたものだが、文明の進歩した主人は、仕事そのものより「いま何の仕事をしていたか」を思い出すことに疲れているのである。

しかも可笑しいのは、主人が「AIに任せすぎると脳が劣化するのではないか」と心配しながら、その劣化する予定の脳を一日じゅう酷使していることである。使わぬから衰えると恐れ、使いすぎて疲れる。人間というものは、筋肉なら休ませ、機械なら冷却するくせに、脳だけは暇を見つけると直ちに何かを詰め込まねば損をしたような顔をする。

便利とは、労苦が消えることではないらしい。労苦の形が、いかにも文明的で見えにくいものへ移転することを、どうやら人間は便利と称しているのである。吾輩ならAIが働いているあいだ縁側で寝る。猫には生産性という病名がまだ発見されていない。